トイレは切実
遍路のトイレ事情は切実である。
宿に泊まるときはいいが、野宿なら近くにトイレがあるのが必須条件だろう。
日中の急な便意は、土地勘がないぶん恐怖でしかない。
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NO野糞でいこう
ボクは遍路をNO野糞で終えることにこだわった。
それがクールだと思ったからだ。
遍路に出る前、Googleマップとにらめっこして排便困難区域をあぶりだした。
緊急時にはトイレを借してもらえそうなガソリンスタンド、ドライブイン、喫茶店をマイマップ機能を使ってマーキングした。
お腹スクランブルがかかっても、ここまで持ちこたえさえすればという精神的支柱になるだろう。
加えてアプリ「トイレどこ」もインストールした。
もちろん、最後のカードとして民家の戸をたたく覚悟も持った。
排便に関して偏執的ともいえるこのアプローチが功を奏し、ボクはNO野糞で結願することができたのである。
マウントをとるつもりはないが、NO野糞を貫いた遍路がどれほどいるだろうか。
若い遍路の償い
道中出会った若い遍路と野糞の話をしたことがある。
彼は一度だけやったと告白した。
「でもウンコに手を合わせて南無大師遍照金剛と唱えておきました」
はたしてそれが償いとなるかはさておき、遍路ならではのいかにも人間臭いエピソードだ。
にしても遍路書籍やブログなどがこうした事情に触れないのはなぜだろう。
歩くなら必ず直面する課題だし、先人の智慧にあやかりたいはずなのだが。
神妙な話にシモの話を織り込むのがはばかられるのか。あるいはやむなく自身が野でひと山築いたがゆえの自責からくる封印か。
小ならば男性はなんとかなる。
同じく道中に出会った女性の歩き遍路の話だが、トイレがあれば尿意がなくとも必ず入るようにしていると言っていた。
尻グセ矯正
ボクは尻グセが悪い。
手近にトイレのないときに限ってザワつくことが多かった。
ところがである。
いざ遍路を始めると悪ガキだった尻グセは、急に梨園の跡取りのごとく礼儀正しくなった。
起床から必ず30分以内に心地よい便意に体が震え、力強いひと筆書きをひねり出した。
健康的な生活で体内サイクルが変わったとも取れるが、トイレに行かずに出発したら何があるかわからんぞという脅迫観念がそうさせたようにも思う。
出発前の快便というのは何ものにも変えがたい安心なのである。
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休暇
台風直撃のため、イシイくんと昨夜連泊すると決めたので久しぶりに朝9時頃まで寝ていた。
宿の女将さんに連泊の意思を告げ、食糧の調達で外へ出た。
風が強い。横殴りの雨にはカサもポンチョも役に立たない。
かなり濡れてしまい、スーパーの冷房が寒い。
もう外へ出たくないので晩メシも買った。ビールも多いめに買った。
宿で豪儀に昼呑みなんぞやりながらテレビを見る。
女子サッカーのワールドカップでなでしこジャパンが優勝したニュースをやっていた。
快適さと安心感からまた眠ってしまい、起きたら夕方だった。
イシイくんと明日の計画を練る。
翌日のプラン
たとえ台風の影響が残っていたとしても、明日は出発せねばなるまい。
27番神峯寺(こうのみねじ)の麓にあるドライブイン27に泊まろうということになった。
ここから30kmほど。
「麓」といったのは27番神峯寺が山の上にあるからである。
急勾配を一気に登る遍路道は「真っ縦」とよばれ「へんろころがし」のひとつである。
台風の爪痕
各地で台風の被害が出ている。
この先通るであろう安芸市の遍路道ではコンクリートの防波堤が波で破壊された映像がニュースで流れた。
瀬戸大橋ではトラックが横転、徳島の勝浦川が氾濫危険水位となり、21番太龍寺では樹齢400年の大杉が折れて本堂の屋根を突き破ったという。
台風は四国を通過したが、吹き返しの風も強烈だった。
突風が窓に当たって「ドンッ」と人が叩くような音がした。
窓のひびから外を渦巻く死の匂いがかすかに漏れてきた。
窓が割れないかと不安な夜を過ごした。