【6日目】世界のどんづまりの宴!

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体力も気力もフルチャージ

10時間の快眠の末の快便。さらには快晴。

心身ともにリセットされ、体力も気力もフルチャージである。

大鶴旅館の女将さんは今日もまた、弁当を持たせてくれた。

5日前にここを出発したのがずいぶん前に思える。

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ここまではミニ遍路

「17番井戸寺をすぎると遍路道は徳島市内に戻る」

初日の朝、女将さんはそう言った。

つまり1番霊山寺から17番井戸寺を越えるまでの遍路道は小さな円を描いていてミニ遍路のようになっている。

徳島駅からは、各都市へ長距離バスが出ているし、高松を経由して瀬戸大橋を渡れば新幹線へのアクセスも容易だ。

ここで里心のついてしまう遍路もいるだろう。

どっぷりとファンタジーにまみれるその前に、一度現実の扉の前に立たせているのだ。

このルート設定って偶然なのか。

遍路をプロデュースした男

遍路のパイオニアが弘法大師空海なのはご存じの通り。

当時は八十八ヶ所といってもおおよその概念があっただけらしい。

「八十八」という数字は熊野の「九十九王子」に配慮して格下げしたものに過ぎず、単に「数が多い」という意味の記号だった。

つまり札所の数はまわる人によってまちまちで、八十八より多かったり少なかったりしたのである。

江戸期、このムーブメントに目を付けた「真念」という男がいた。

真念は「四国八十八ヶ所」を大衆向けにプロデュースしたのだ。

無秩序だった札所の数を八十八個に固定し、各寺にナンバリング。ふりだしを1番、あがりを88番とする四国一周すごろくを編み出したのである。

そのアイデアは「四国遍路道指南しこくへんろみちしるべ」というガイド本として世に出る。

これが大ヒットしたらしい。

体系化された「四国八十八ヶ所」はお伊勢参りや熊野詣でなどと同様に、宗教的性質を持つレジャーとして受け入れられたのである。

インフラ整備も

さらに真念は本の内容と符号するよう各地に道標を設置し、簡易宿泊所を建てるなどインフラ整備にも力を入れた。

真念以前に札所やルートがどの程度確立されていたのか、またそれを真念がどの程度参照したかもわからない。

が、仕掛け人としてはより多くの人に歩いてもらいたいだろうから、ルートの策定には趣向を凝らしたのではないかと思う。

ボクは5日目にして改めてスタート地点に立ちかえり、同じ大鶴旅館に泊まることでひとつの区切りのような心持ちになった。

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遍路道が国道55号に入った。

2つ目の県、高知へ繋がる道である。

進路が南を向いたのが単純に嬉しい。太平洋を目指すわけだ。

遍路はこれからである。

新しい出会い

18番恩山寺は高台にあり、蝉時雨が鳴り響くも静謐な佇まいを崩さない。

静かに、1人の老遍路が境内に入ってきた。

軽く挨拶してボクは境内を出た。

トイレを借りて用を済ませると、早くも納経を終えた老遍路とかち合った。

「ここまで上ってくる途中にトイレ行きたくってねえ。ガマンできずに麓の旅館でトイレ借りちゃったよ」

それだけ言うと老遍路はさっさと歩いていってしまった。

後を追う格好となるが、老遍路のペースはムチャクチャ早い。

竹林を抜けたところでオロオロする老遍路に追いついた。

道に迷ったらしい。

「ここを左でいいのかなあ」

道標は石橋を渡って細路地を進むよう指示している。

「道標出てるから間違いないと思いますよ」と答えるとさっさと渡って行った。

写真を撮っている間に姿は見えなくなり、ボクが細路地を抜けたころには老遍路はかなり先を歩いていた。

住宅と田園風景が続く。

姿は見えなくとも、遍路が前を歩いているのはなんとなく安心感がある。

アンドウさん

19番立江寺に着き、山門をくぐるやすぐにベンチにへたり込んだ。

暑い。クールダウンしなけりゃ納経するどころじゃない。

すでに納経を終えて涼しい顔の老遍路が離れたベンチに座った。

ケータイで宿の予約をしているようだ。「金子や」という名前が聞こえた。

老遍路が「どこに泊まるの?」と聞いてきた。

特にまだ決めていなかったのでボクも「金子や」にしようかなと伝える。

「なーんかおかしいんだよ。予約の電話したらちょっと待ってって言われてしばらく待たされんだよ。それでようやく大丈夫ですよだって。この時期遍路は少ないはずなのにねー」

「なんなんでしょうね。団体でも泊まってるとか」

「いやーもったいぶってんじゃないのー?あなたも電話したらきっと待たされるよ」

「じゃまた宿でねー」。そう言って老遍路はずんずん歩いていってしまった。

老遍路はアンドウさんといい、愛知から来ていた。

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へんろころがし「ツインピークス」

この先の20番鶴林寺かくりんじと21番太龍寺たいりゅうじは「へんろころがし」である。

両寺はそれぞれ標高500mほどの山頂にある。

その程度の低山がなぜ「へんろころがし」なのかと言うと、2つのピークの間に那賀川なかがわが流れているからである。

つまりピークからピークへ尾根伝いに移動することができず、いったん谷底まで下って上り返さねばならないのだ。

特に名前がついていないのでボクはこの「へんろころがし」を「ツインピークス」と名付けた。

地図を見ると「金子や」は20番鶴林寺の遍路道の入り口にあった。

なるほどここに泊まれば朝イチで「ツインピークス」にアタックできるわけか。

宿に連泊してしまっているがやむを得まい。「金子や」に電話を入れる。

「お1人さんですか。ちょっと待って下さいね。………………あ、大丈夫ですよー」

遍路フォロワー

ボクは道中、Twitterで逐一現在地の報告や心情を吐露していたのだが、このあたりからフォローが増え始める。

リアルな遍路の動向を追おうとする人たちだった。

中にはコメントをくれる人もあってすごく励みになった。

勝浦町に入ると暴力的な西日に体力を奪われた。

「鮎料理あおき」のおばさんが氷水をお接待してくれた。

一気に飲み干して礼を言うと、氷も口の中に入れていけと言われた。

「金子や」にチェックインするとロビーに風呂上がりのアンドウさんがいた。

宿のばあさんに明日の「へんろころがし」についてあれこれ聞いていた。

ボクは意地悪心からばあさんに今日の宿泊客を聞いてみた。

ボクとアンドウさんともう1人だけだという。

客室は10室はある。あの電話での沈黙はなんだったのだ。

赤ちょうちんの誘惑

宿の前に食料品店があるというのでアンドウさんと外に出る。

明日に備えてスティックパンやバターピーナツを買った。

隣の酒屋で缶ビールも買って、ベンチで呑みながらアンドウさんと話した。

驚いたことにこんな場所に居酒屋があった。

店の裏から20番鶴林寺への遍路道が続いている。

「お好み焼き・焼き鳥、ともちゃん」と書いてある。

ボクは話しながら看板をチラチラ見ていた。

呑み相手はいる。アンドウさんを誘って入るか。

しかし3日連続の宿をとっていることで躊躇した。

資金は潤沢ではない。

「1杯いきましょか」。そのひと言が頭のなかで行こか戻ろかしていた。

「1杯いきましょか」。アンドウさんがさらりと代弁した。

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一期一会

ボクたちはビールを注文した。

看板にあった焼き鳥も頼んだけど「焼き鳥ないんよー。ごめんねー」とのこと。

代わりに頼んでいないのにヤマモモが出たりする。

アンドウさんは結願にはこだわらないという。旅先の出会いにのっかって行ける所まで行くつもりなんだと。

「一期一会」という言葉を頻繁に口にした。

話題は明日の寝床に移る。

ボクは「ツインピークス」を超えて22番平等寺の門前にある善根宿「きくや」まで行くつもりだと答えた。

カウンターでチラチラこちらを見ていたヤンチャそうなおじさんが声をかけてきた。

20番鶴林寺までは1時間半ほどあれば上れるという。

なんと、いつも通り出発すれば朝の9時には1つめのピークに着いてるわけか。

メチャ気が楽になった。「ツインピークス」恐るるに足らず。

これをきっかけに店内の客たちが共振して宴会のようになった。

なんだ、この感じ。人見知りのボクが宴に興じている。

そもそも目の前のアンドウさんだって今日会ったばかりなのだ。

アンドウさんは完全にできあがっていた。

浴衣をはだけて人差し指を立て「カラオケある?」とか言っている。

B-BOYファッションのヤンチャそうな若者が1人でお店に入ってきた。

入れ替わるようにヤンチャそうなおじさんは帰っていった。

このヤンチャな2人は親子なんだそうだ。

B-BOYは大阪の都島に住んでいたことがあるよと気さくに話してくれた。

また別の話の華が咲く。

ここは遍路を歩く者意外に用のない世界のどんづまり。

客は地元の顔見知りばかり。ローカルの草の根を分けた先にあるささやかなコミュニティ。

とても興奮した。今までに体験したことないタイプの最高さだった。

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