目的地
爆睡すること10時間。
昨夜は失神同然に寝たので地図の確認をしておらず、今日の目的地が決まっていない。
歩きながら考えるか。
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打ち戻り
38番金剛福寺は観光客や団体遍路でいっぱいで、納経帳に朱印をもらうのに時間がかかった。
こんな地の果てにもう来ることもなかろうと、ボクはもう一度足摺岬の展望所へ行った。
本来ならここから西へ、海沿いを歩いてさらなる果てを見てみたいが、ボクはハギモリさんの案内に従い、打ち戻ることにした。
アコウのトンネルで足早な女性遍路と行き違った。
そばかすみたいに玉の汗が光っていた。
挨拶を交わし「(38番金剛福寺まで)もう少しですよ」と声をかけると、彼女は歩を緩めず目だけこちらへ向けて「はい」と返事をした。表情に悲壮感があった。
美女とイシイくん
自販機で水分補給する。空き家の玄関口に座り込んだ。
次は高知県最後の札所、39番延光寺を目指す。アンドウさんが打ち止めた札所だ。
昨日寄った下ノ加江のスリーエフまで打ち戻り、そこから三原村の山を越えて55kmほど。
一泊二日の道のりである。
寝床、つまり今日の目的地はどこにするかと考えていると足音が聞こえてきた。
こちらへ向かっている。ボクが座っている場所からは陰になって見えない。
が、地元の人のちょっとそこまでではない、長く歩く者の脚使いと歩幅、遍路の足音だ。
顔を出したらイシイくんだった。
イシイくんは昨日のうちに38番金剛福寺を打ち、道中でおすすめされた足摺岬の「民宿はっと」に泊まっていた。
値段ははったが晩メシが豪勢だったという。余った刺身も「これ食えあれ食え」とバンバン出たらしい。
同宿になった40代後半の女性遍路がキレイな人で、宿のご主人が「18歳くらいに見える」ともてはやし、いたく気に入っていた。
ご主人が今朝、美人遍路を船に乗せてやるといい、イシイくんもそこへ同乗あやかったという。
海上から足摺岬を見たとは羨ましい。
美人遍路も間も無く追いついてくるだろうと。
そして話題は今日これからに移る。
宿か野宿か
下ノ加江のスリーエフ近くの「安宿」という宿までが25km、その先三原村の山越え途中にも宿はあるが、ここはハギモリさんの案内ではバツ印だ。
下ノ加江のスリーエフ近くに安宿という宿がある。それを過ぎると三原村の山越えに入る。
安宿までは25km。
1日の距離としては短いが、宿ににせよ野宿にせよ山越えに入る前がいいような気がする
野宿なら下ノ加江をもう少し打ち戻った場所にドライブイン水車がある。ここはトイレ棟を拡張したキレイな遍路小屋があるのだ。
イシイくんは昨夜、美人遍路と相談して「安宿」に泊まると決めているらしく、この場で予約の電話を入れた。
イシイくんのプランに乗っかるわけにはいかない。遍路地図にはドライブイン水車の近くに「真念庵」というお堂が載っている。
四国八十八ヶ所の番外札所であり、真念とは「四国遍道指南」のあの真念のことである。
ここは善根宿があると聞いたことがある。
遍路地図に電話番号があったので電話してみると宿泊はできないと言われた。
「安宿」か「ドライブイン水車」の二択となった。
逡巡した後、ボクも「安宿」に予約の電話を入れた。意志が弱い。
美人遍路
ボクが前、イシイくんが後ろでしばらく連れ立って歩く。
ボクは朝メシを食うため室津港の食堂に入った。イシイくんはそのまま先へ進む。
注文した天ぷら定食を待っていると女性遍路が入ってきた。今朝は女性遍路に縁があるな。
彼女はサッと店内を見回すと、席にはつかず出て行った。
ボクはピンときた。
顔はよく見えなかったがイシイくんのいう美人遍路とは彼女のことだ。店先に立てかけた杖をイシイくんのものと勘違いしたのだろう。
メシを食って店を出てほどなく、前方に先ほどの女性遍路の姿があった。
あれから20分は経っている。
まだそこにいるのは不自然である。これは何かあるなと思った。
彼女は立ち止まって水を飲んだり、海の写真を撮ったりしてなかなか前へ進まない。
おもむろに振り返るとボクの姿を認めた。
ボクはすぐに追いついてしまい、追い抜きざまに挨拶をした。
目がクリッとして整った顔立ち、それでいておきゃんな雰囲気があった。
寂しい県道
とても40代とは思えない。間違いない、イシイくんの言ってた美人遍路だ。
ペースの遅い彼女と距離があく。寂しい山の県道に入る。
ふと振り返ると、美人遍路が猛然とペースをあげて追いかけてきていた。
びっくりしてボクもペースを上げるがアッという間に追いつかれる。なんなんだこの人は。
美人遍路はボクを追い抜くと、付かず離れずの距離を保った。持った杖は付かずに脇に収めてスタスタと早足だった。
「ペース早いですね」、「早くないよ〜」。関東のイントネーションである。
この県道は右に左に曲がりくねっている。
美人遍路が米倉涼子か山口智子がドラマで演じるような、男に媚びない女の口調で言う。
「こういう道を歩くときのコツ、教えようか」
曰く、こうしたクネクネ道ではガードレールに沿って歩くよりも、カーブの頂点を繋いで直線的に歩くのがいいと言う。
言われてみればで、カーブに沿ってジグザクに歩くより、直線ぽく歩くほうが距離は短くなる。
なんとなく感心していたら、ペースを上げた美人遍路との距離があいた。
以布利の遍路小屋
間もなく以布利の遍路小屋に出る。
その手前のバス停で美人遍路が休んでいた。
ボクに気づくとハンカチで汗を拭いながら、上目遣いに微笑を寄越した。
「18歳くらいに見える」はあながち誇張ではない。
「すぐそこにいい遍路小屋がありますよ」と美人遍路を誘った。スケベ心からではない。
遍路小屋には昨日、下ノ加江のスリーエフにいた道楽遍路とイシイくんがいた。
道楽遍路はまだこんなところで油を売っていたのだ。道楽が筋金入りである。
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それぞれがそれなりに繋がっている4人だった。
イシイくんがザックの背中に接する面を上にして天日干しした。名案だと皆が真似た。
自尊心
美人遍路は対男性についての発言が多かった。
歩いていると対向するトラック運転手が必ず手を振ってくれるとか、通りすがりにおじさんと話すとなかなか放してくれないといった類の話。
道楽遍路が「女性の1人歩きは気をつけなさい」と言うと、そこは美人遍路もご主人や娘さんから日々メールで釘をさされているという。
それを映画監督の指示になぞらえて「わたしは女優です」というジョークを何度か言った。
先ほどの美人遍路の行動の意味がわかった。
店先に立てかけた杖をイシイくんのものと勘違いし食堂にはいってきたのは、その先にある寂しい県道の一人歩きを避けるためだ。
イシイくんはいなかったがボクがいた。
美人遍路はボクが店を出るのを待っていたのである。
そしてボクをいったん追い越させて人となりを見る。それなりに信用に値したのだろう。
寂しい県道に入ると付かず離れずを保ったのである。
女性が1人で歩くのだから当然それくらいの意識は必要だが、やや鼻についたのは、私は行く先々で男性のサポートを受けられるタイプでそういう術にも長けているのだと暗にアピールするように見受けたことである。
「わたしは女優です」というジョークにはそんな自尊心が見え隠れした。
ツーショットタイム
1時間以上は休んだろうか。
重くなりすぎた腰をあげ、4人ぽつぽつと歩き始める。
イシイくんは大岐浜を歩くといい集団から離脱した。
道楽遍路は大岐浜にクルマを停めてあるらしく「主人が戻ってこないからクルマが心配しとる」と言い別れの仕草をした。
ボクと美人遍路の2人で歩く。彼女はよく喋った。
しかし内容はボクに向けられたものではなく、沈黙を埋めるための空虚な言葉だった。
もちろんそれが悪意だとは思わないし、気を遣ってくれているのもわかる。
が、スマートな会話をこなせる大人ではボクはなかった。
ボクは少しばかり機嫌が悪くなっていた。
適当な場所に腰を下ろして休憩する。
美人遍路も隣に座ると、おもむろに白衣のひもを解いた。
白衣の下に着たピンク色のTシャツの襟ぐりをグッと引き、露になった胸元に塗り薬を塗り始めた。
あからさまである。
それでも反射的に胸元を見てしまうボクの目の動きを、美人遍路はじっと見ているのだった。
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安宿の親子
「安宿」に投宿した。
親子で営業されていて、おしゃべり好きというかウンチク好きの面白い親子だった。
宿の裏にある小川を覗き込んでいたら、40代前半くらいの息子さんが出てきて、この川がいかにキレイかという説明をしてくれた。
色んな生き物がいて、小エビなどは食べられるという。
それが文章を読むように滔々とした口調で社会見学の説明みたいだった。
食堂で寛いでいると、親父さんが一冊の本を出してきた。
ここを訪れた遍路が書いたノウハウ本だという。靴ひもは全部の穴に通さずに、上の2ヶ所にだけ通すのが良いとある。
歩いていると慢性的な脚のむくみに悩まされる。
スタート時にジャストだった靴は次第にキツくなる。
よく言われるように、遍路で履く靴は2サイズ大きめでちょうどいいというのは本当である。
出発前ボクはそれが信じられず、ジャストの靴を選んでおり、実際窮屈に感じていた。
上の2穴にだけひもを通すのはいいアイデアだと思った。
ご主人はこのアイデアは自分が筆者に教えたのだと豪語した。
そろそろ美人遍路が風呂を出るころだ。
ドライヤーの音がするので洗面所を覗いたら、美人遍路が髪を乾かしていた。
「お先」と鏡ごしに視線を寄越した。ハッと目をそらす。悪魔的に可愛い40代のスッピンだった。
ボクとイシイくんは素泊まりだから、食堂で適当につまみながら呑むつもりだった。
美人遍路は晩メシも付けていた。
その晩メシが2人前用意されていたのでご主人に聞いたら、もう1人遍路客がいるらしい。
遅れて到着したのは今朝、足摺岬で会った玉の汗の女性遍路だった。
さようなら太平洋
広島から来たという彼女は寡黙で、やはり悲壮感を漂わせていた。
テレビの化学実験の番組を、息子さんは食い入るように見ていた。
美人遍路が「お近づきの印に」とボクとイシイくんに瓶ビールをご馳走してくれた。
明日は宿毛へ向けて山を越える。
長かった太平洋岸ともこれでお別れである。