【10日目】未確認でフライングした涙!

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汚い者

夜明け前、テントを叩く雨音で起きる。

本降りではないけど、雨の中の撤収はいやだ。

ザックを背負い、テントはバラさず手に持って「道の駅宍喰温泉」へ行く。

レストランのひさしの下で雨を避ける。空が明るんできた。

レストラン内におじさんがいた。迷惑そうな表情でこちらを睨んでいる。

汚いモノを見るような目で、頭から爪先まで舐めるように見ていた。

「ちょっと雨宿りを……」と弁解するも聞く耳を持ってくれず、何か言ってくるわけではないが嫌悪感は剥き出しだった。

開き直ってゆっくりと撤収をしてから、レストラン前に座って御来光を眺めた。

イシイくんはコンビニに寄るというのでボクは先に出発。どこかで追いついてくるだろう。

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高知へ

トンネルが県境だったらしく、抜けたら高知県。

徳島が終わり、これから長い高知の旅が始まる。

明らかに空気が変わった。

台風の影響だろうか、空気が熱帯的でねっとりとまとわりつくようだ。

鉄道限界

阿佐海岸鉄道の終着駅、甲浦かんのうら駅。ここが鉄道限界である。

この先室戸岬をまわって奈半利なはりまで鉄道が通っていないという事実に、否が応にも緊張が高まる。

鉄道が通ってないということは住人が少ないということ。商店なども乏しく食料などの補給も困難になってくる。

実際この先には10kmに渡って自販機すらない不毛の荒野がある。

夏に歩く者にとってこれは恐怖である。

「海の駅東洋町」で朝メシを調達できないかと思ったがまだ開いていない。

その先の自販機コーナーでカップ麺の自販機があり、そこで朝メシにした。

目の前はサーフィンで有名な生見海岸で、朝からサーファーがうろうろしていた。

生見を過ぎて野根に入る。

野根には「ぶっちょう造り」といって、縁側の床がトランスフォームして雨戸になる仕掛けの民家があって見たいと思っている。名物の野根まんじゅうも気になる。

不毛の荒野

が、荒れ始めた太平洋を眺めて歩いていたら、野根の旧街道に入りそびれてしまった。

橋を渡って野根の集落を過ぎると緩い坂になる。そこにある自販機が最後の自販機だ。

手持ちの水が充分にあり追加しなくて大丈夫と判断。

いよいよ不毛の荒野に突入する。

見事に民家がない。いや、民家がないのではない。

断崖にむりやり国道を通しているから人が住める平地がないのだ。

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室戸岬のGIFアニメ

行く先に累々と尾根のひだが現れる。一番左が室戸岬だろうかと思っていたらまた新たなひだが現れる。

GIFアニメみたいに無限にループする錯覚に囚われる

海はさらに荒れはじめる。波が岩礁に当たって派手に砕ける。気圧の低下を肌で感じる。

スマホで予報を見ると台風は明日あさってに室戸岬直撃らしい。このまま行けば鉢合わせだ。

ゴロゴロ石は聞こえない

ときおり短く通り雨が降った。

東屋で雨宿りすると「ゴロゴロ石」の立て札があった。

このあたりの海岸の石は人の頭ほどもあって、波に洗われるとゴロゴロと音をたてるそうだ。

耳を澄ませたが、波の音にかき消されて聞こえなかった。

ロッジおざき

さすがに今夜は宿に泊まろう。良宿として知られる「ロッジおざき」に予約を入れた。

民家がぽつぽつ目につきはじめ自販機を見つけた。10kmの不毛の荒野を抜けたらしい。

佐喜浜の集落に入ったところでアンドウさんから電話。

もう「ロッジおざき」に投宿したらしい。

やはりアンドウさんもここだったか。

メシを調達しなかったらしく、何でもいいから買ってきてほしいという。

食パンとイカの塩辛でも買ってってやろうかとイタズラ心がわいたが、メシは遍路の数少ない楽しみなのでやめておいた。

佐喜浜にあるスーパー「フェニックス」で適当な弁当を2つ買った。

四国の小さなスーパーでは店員と客が世間話に興じていたり、近所の子供の遊び場になっていたりするのをよく見かけた。都会ではそういう光景は見かけないので印象に残る。

高さ2m以上もある城壁みたいな防波堤に沿って歩く。

雨足が強くなり始めた14時、「ロッジおざき」に投宿した。

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元総理

ロビーに元総理、菅直人さんの遍路姿の写真が飾ってあった。

遍路をしていたとき、ここに泊まったらしい。

日照りのない日だったのに体は熱を帯びている。部屋に入って強めにクーラーをつけた。

風呂は湯船が大きくゆったりできた。

菅さんもこの風呂に入ったのかあと思う。

SPに囲まれて国の中枢にいたニュース画面の中の菅さんと、ボクと同じようにクタクタに疲れてここまでたどり着いた遍路姿の菅さんがどうしても結びつかなかった。

晩メシ

浴衣に着替えて2日分の洗濯をする。

メシにしたいがアンドウさんの部屋がわからない。名前を呼ぶが返答がない。

なんとなく勘で部屋のドアを開けてみたら、アンドウさんがうつ伏せ大の字で眠っていた。

1階のダイニングで弁当をひろげる。冷蔵庫からビールをもらう。

自己申告の後払いである。

今日歩いた不毛の荒野の話になる。アンドウさんは途中で飲み物を切らしたそうだ。

たまたま居合わせた若い遍路と一緒に水場を探したという。

若い遍路というのはおそらく、昨日宍喰の遍路小屋にいた、ボクと目を合わせなかった彼だろうと思う。

小さな神社に沢を見つけてペットボトルに水を汲んでいるとふと視線を感じる。

祠にじいさんが座っていてこちらを見ているのだった。

アンドウさんが「水もらいます」と言うと、じいさんは無言で頷いたらしい。

祠には米やら味噌やら調理器具が揃っていて棲みついているようだったという。

「この情報はすごいだろ?多分誰も知らないよ」とアンドウさんは興奮気味に言った。

しかし、ボクはその仙人じみたじいさんのほうに興味を持った。

遅れてイシイくんも「ロッジおざき」に投宿した。

部屋で洗濯物を干す。

ニュースの天気予報に釘付けになる。台風は衰えることなく真っ直ぐ四国へ向かっていた。

明日は嵐の中、室戸岬の24番最御崎寺ほつみさきじかと憂鬱になる。

窓の外を見ると雨はやんでいるが風が強く、海はうねって高く盛り上がっていた。

防波堤で海を見ている人がいる。ボクと同じ浴衣だ。

アンドウさんだ。ボクも外へ出た。

後ろから近づくが波の音で気づいていない。

声をかけると振り返って顔を拭った。アンドウさんは海を見て泣いていた。

「何十年ぶりかに涙が出ちゃったよ」

聞けば四国へ旅立つその朝に、長く疎遠になっていた弟さんから電話があったという。

弟さんは兄が遍路に出ることなど知る由もなく、その偶然に何かしらの意味を感じるのだと打ち明けてくれた。色々あるようだった。

宿のダイニングに戻ってビールを呑む。

ガラス戸越しに荒れる海が見える。波がしぶいて霧になってたゆたう様子を見ていたアンドウさんが独り言のように呟いた。

「俺たちゃこんなとこ歩いてんだよな」

ドライで簡潔なその一言にボクは激しく揺さぶられた。

こみあげるものを食い止めようと瞬きをくりかえした。ごまかし切れなくなるとトイレに行って洟をかんだ。

自分のオナラに驚く犬みたいに、ボクはこの正体不明の涙に驚いた。

悲しいわけでも嬉しいわけでもない、ボクのボキャブラリーでは説明のつかない涙だった。

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