スマートに消える
昨夜は34番種間寺の通夜堂にお世話になった。
通夜堂でも善根宿でも野宿地でもそうだが、遅くとも7時までに姿を消すのが礼儀である。
世間が動き出しているのに無縁者がいつまでも淀んでいるのは見苦しい。
とか言いつつ、ちょっと寝坊して7時過ぎに出発した。
明け方に少し降ったらしい。
遍路道は濡れて、山肌からはガスが噴き出していた。
-->
空身のお接待
仁淀川を渡ってコンビニで雑な朝メシにした。
遍路道は35番清滝寺のある山へ向かう。
地元のタクシー会社に「荷物預かります」の看板があった。
声をかけてザックを預かってもらい空身になる。ありがたい。
15分ほど坂を上って35番清滝寺を打った。
ここの通夜堂もかなり上等らしく、ハギモリさんもオススメしている。
挨拶しない人
タクシー会社に礼を言いザックを背負う。
農作業をしている40代くらいの男性に「おはようございます」と挨拶し、目が合うも無視される。
もう一度声を張って挨拶すると、今度は忌々しそうに睨んだ。
遍路嫌いの方なんだろう。
働いている方からすれば、巡礼と称して物見遊山していい御身分だなと映るのかも知れない。まあ確かに遊んでるに違いないけれど。
気楽にGO!
国道56号にマクドナルドがあった。
食いたいね、と話は即まとまり欲望の塊のようなあの味に耽った。
今日の行程は距離が短い、気楽に行こう。
塚地峠のトンネルまで上がってきた。
旧来の遍路道は峠を越えて行くが、そういうこだわりのないボクらは迷わずトンネルでショートカットした。
トンネルを抜けたところで「スリーエフ」というコンビニに立ち寄ると、店員さんがペットボトルのお茶をお接待してくれた。
「スリーエフ」は四国にたくさんあったコンビニで、会社の方針なのかお茶をお接待してくれることがよくあった。
今は吸収されて全店舗ローソンに変わってしまった。お接待は続いているのだろうか。
写真を焼いたCD、不要になった靴下、その他もろもろを送り返すため宇佐の街でイシイくんと別れて郵便局に寄る。
電話
局員さんに荷物を手渡したところでケータイが鳴った。
アンドウさんからだ。
「今どこ?」。互いの言葉がぶつかる。
ボクが宇佐大橋を渡るところだと伝えると、アンドウさんは「もうそこまで行ったか」と言った。
もう?ってまさかボクらより前にいるってことないよね。イヤな予感がした。
言葉につまるボクにアンドウさんが言った。
「今、中村駅にいる」
中村は四万十川の河口の街である。まだ100km以上も先だ。いったい何を言ってる?
状況を飲み込めないボクに「もうお遍路やめにするわ」と言った。
-->
意地
宇佐大橋を渡る。
橋から見下ろす浦ノ内湾はおだやかで、舫った船はわずかも動かない。
少しばかり軽くなったザックが、何か大切なものまで送り返してしまったようで虚無的な気分になった。
台風に見舞われたあの日ボクとイシイくんは25番津照寺で打ち止め、アンドウさんは26番金剛頂寺まで進んでリードしていた。
翌日ボクらは1日休んで台風をやり過ごしたが、アンドウさんはあの暴風雨の中、バスと電車を乗り継いで高知市まで行っていたらしい。
その後、ちょうど今ボクがいる宇佐付近のバス停でムチャな野宿をして脚を痛め、入れ歯も壊してしまったのだという。
満身創痍でさらにバスと電車を乗り継ぎ、足摺岬をまわって宿毛にある高知県最後の札所、39番延光寺まで打っていたのである。これから家に帰るのだと言った。
アンドウさんはそれだけ伝えたかったようで、こちらの話も聞かず一方的に電話を切ろうとした。
ボクはあわてて「大阪帰ったら写真送りますから」とか「またいつか会いましょう」とか言ったけど、電車の時刻でも迫っているのかアンドウさんは上の空だ。
「楽しかったよ。ありがとう」
それだけ言って切ってしまった。
怒り
道連れのリタイヤが悔しかった。その気持ちはやがて怒りに変わった。腹が立ってきた。
年齢を顧みずクレージーな野宿をしたアンドウさんに腹が立った。アンドウさんをリタイヤさせた過酷な遍路道に腹が立った。
ボクは地面を蹴り上げて半分走った。行き場のない理不尽な怒りは頭の中でボンゴを乱れ鳴らした。杖を突くことすら煩わしく脇に納めて滑空するように36番青龍寺へ向かった。
この悔しさは自分の旅をエンジョイしまくることでしか晴れないだろう。
ボクはふんどしを締めなおす思いがした。
たまたま同じタイミングで四国を歩いた同志に、とりあえずはお疲れさまと言いたい。
-->
アホな小走りをしたおかげで36番青龍寺の急階段が上れず、手すりを引き寄せるようにして腕の力だけで上った。
先に着いてネコと戯れていたイシイくんと今日の宿「国民宿舎土佐」へ向かう。
太平洋を一望する抜群のロケーションだ。
遍路専用のドミトリーは2段ベッドが3組ある。
他に客はおらず思い思いのベッドに陣取った。
露天風呂はこぢんまりしているが、崖を削って造られていて何も遮るもののない太平洋ビュー、浴槽に寝転んだ状態でも水平線を眺めることができた。
任侠者の酒
宿のレストランでカツオのタタキ定食をアテにビールを呑む。
隣の席でメシを食っていた親娘が声をかけてきた。親父さんは50〜60代、娘さんは20代といったふう。
メシ付きの宿泊プランなのだが、もう食べられないのでこの後出てくるソーメンを食べてくれないかという。
ありがたく頂戴することにした。
2杯目のビールを呑み終えようとしているボクらに気を遣い、親父さんは3杯目を奢ってくれた。滋賀から来たという任侠風の親父さんだった。
洗濯物を干してから外のテラスで缶チューハイを呑む。
遠くに高知市の灯りが見えた。