寝坊
朝、歯磨きをしていると、相部屋の岡山のおじさんも起きてきた。
6時をはるかまわっている。寝坊だ。
せかせかと支度をするボクに、おじさんは何か言いたげな様子で潤んだ視線を送ってきた。
おじさんは大洲をとても好きになったようだ。かつての同僚との偶然の出会いもあって昨夜はひどく興奮していたのだ。
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おじさんにとってこの旅は特別なものだっただろう。わずかな時間を共有したボクに対しても特別な感情を持ったのかも知れない。
女将さんは庭で水撒きをしていた。昨夜の礼を述べ出発する。
女将さんはボクの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
イシイくんとの距離
イシイくんがどこにいるのか気になり、コンビニで朝メシを食いながら電話した。
昨夜は内子の「民宿シャロン」に泊まったらしい。
内子ならば昼には着くから、ボクは半日遅れということになる。
今は久万高原への登坂の途中で、遍路地図に載っている「お遍路無料宿」のあたりとのことだ。
野宿の聖地
番外札所、十夜ヶ橋に立ち寄る。
遍路には橋の上では杖を突いてはダメというルールがある。
それは弘法大師がこの十夜ヶ橋の下で野宿をした際、通行人の足音がうるさくて眠れず、一夜が十夜のように長く感じられたという話からきている。
ずいぶん身勝手な言い分だが、ボクは面白がってそのルールを守っていた。
橋の下には寝そべる大師像があり、ここを野宿の聖地として一泊する者も多く、布団もたくさん置いてあった。
日が上るにつれ気温はぐんぐん上がる。
たまらず「神南堂」という遍路小屋へ避難した。
一畳一間、風呂付き
TVの企画で遍路をしたお笑い芸人の写真が貼ってあった。
遍路小屋の隣にもうひとつ、煙突の突き出た小屋があった。
なんとこれ、五右衛門風呂である。
遍路小屋は地元の有志や企業が建てたものが多く、個性的なものが多い。
にしても風呂付きとは高規格すぎる遍路小屋だ。恐れ入った。
JR五十崎駅を過ぎると、ずっと緩やかに上っていた坂が終わった。
眼下に内子の街が見える。
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内子にて
観光地ぽい通りを抜け、芝居小屋の内子座を外から見物した。
内子でメシにしようかと思ったがまだ11時の10分前で、どの店も開店前だった。
歩いているとその10分を待つ気持ちの余裕が持てない。
イシイくんに追いつきたい気持ちもあったかも知れない。
久万高原へ
「道の駅フレッシュパークからり」で内子産のもち麦を使ったもち麦うどんを食べた。
さて、これから久万高原への長い登坂となる。おそらく今日中には着かないから、どこかで一泊はさんでの道のりだ。
通り雨
山間に入ると通り雨が連続した。トンネルの前は降っていないのに、抜けたら降っているという具合。
トンネルの出口で雨宿りをしていたら、目の前にある小屋が「お遍路無料宿」だった。
朝電話したとき、イシイくんはこのあたりにいたのだ。
天気は回復し、日照りが戻ってきた。
勾配はきつくないとはいえ、長時間の登坂にじわじわとダメージがたまる。
座敷型の大きな遍路小屋があった。
裸足になって寝そべると、心地よく山の風が吹き抜けた。
小田の集落
この先にある小田という集落に3軒ほど宿がある。
小さな集落だからどこも距離は違わないのだが、最も進行方向寄りにある「ふじや旅館」に予約を入れた。
集落の入り口にある「道の駅小田の郷せせらぎ」を目指す。
遍路地図だとわずかな距離なのになかなか辿り着かない。
Aコープで晩飯と、明日に備えて2ℓの水を買った。
ザックが肩に食い込み、わずかな距離に喘ぐ。
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山村の商店街
「道の駅小田の郷せせらぎ」を右折して旧道に入ると、山村の風情の中にささやかな商店街があった。
商店街にあるのは住人の数に足るだけの物資だけで、ボクが何か買ってしまうと住人1人ぶんが足りなくなってしまうような、そんな雰囲気があった。
美人の遍路宿
「ふじや旅館」に投宿。
出迎えてくれた高校生くらいの娘さんがえらく美人で、呼ばれて出てきた女将さんもまた負けじと美人であった。
女将さんはボクの杖を受け取るとその先をバケツの水で洗い、客室の床の間に立てかけてくれた。
大洲、内子から久万高原へ向かうにはこの道しかない。
観光地でもない小田に3軒の宿というのは、つまり昔ながらの遍路宿なのだろう。
女将さんのもてなしには遍路相手に商売しているという心意気が感じられた。
2階に上ってみて気づいたが、建物はロの字型、中庭を中心とした回廊式でとても雰囲気のある造りである。
集落のセーフティ機能
風呂に入ってからビールを買いに集落へ出た。
「遍路してんの?さっき店の前通ったやろ」と酒屋のおばさんに言われた。集落に侵入した異物はすぐに感知されるらしい。
明日は早出、今夜は早寝
部屋にはTVがないので、じっくりと明日の計画を練ることにしよう。
44番大宝寺と45番岩屋寺の位置関係が微妙である。
番号順に行くなら44→45番と打って、また44番まで戻るルートになる。
同じ道を通るのは面白くない。
久万高原には複数のルートがある。45→44番と逆まわりにすれば同じ道を通らずに済む。ボクはこのルートで行きたい。
久万高原にある奇妙な遍路宿「八代生食堂」にはタイミングが合えば泊まりたい。
ここからざっと40km。ちょうど良さそうだ。
なんだかんだで距離はそれ以上になるだろうし、山道も多く含む。
明日は早出必須である。
そうと決まればさっさと寝てしまおう。
ボクがビールを買ったことで、今夜呑みそこねている住人からクレームを言われないうちに。