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高知では国道や県道以外、つまり市道、町道といったローカル道が県境を越えていくことはほとんどない。
ボクの知る限り高知〜徳島間だと、香美市の物部から京柱峠へ抜ける矢筈峠、安芸市の伊尾木川を遡上して徳島県那珂町へ抜ける駒瀬越え峠、北川村から海陽町へ抜ける吹越峠くらいか。
馬路村にも県境越えできそうな道はあるが舗装でない可能性が高く情報も持たない。
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今回は伊尾木川に沿って駒瀬越え峠を目指す。
チャリをクルマに載せて安芸広域公園をスタート地点とする。
峠まで48km上りだが、川沿いだから正味勾配がキツいのはラスト数kmだろう。
帰りは下るだけじゃと余裕をブッこき、優雅に弁当なぞパクついていたら出発が11時半になってしまった。
伊尾木洞はよく取り上げられるけど、伊尾木川もなかなかに趣がある。
河原を埋め尽くす石に磨かれて流れるため、下流にいくほど清流なのではとの錯覚を覚える。
入河内の集落をすぎると急に暮らしの気配が消える。
四国を切り取ってしまうほどにどこまでも続く深い谷を、あたかも俯瞰するようにリアルに感じ、人外境に分け入る恐怖に襲われながらも、遡上すれども下流に負けない川幅を保つダイナミックな伊尾木川に、ボクは中国のツァンポ大峡谷を想い起こす。
中国政府が外国人の立ち入りを制限し、シャンバラの入り口があると言われた秘境ツァンポ大峡谷については、実際に未踏地区を探検した角幡唯介氏の「空白の五マイル」がメチャクチャ面白いのでオススメ。
空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポ-峡谷に挑む /集英社/角幡唯介
入河内の集落に入った。
これを左折すればこまどり温泉を経てスタート地点の安芸広域公園まで戻れる。帰路はこれを使う。
自販機で水分補給をし、居合わせたおじさんと話す。
県境を越えて通じる道というのはよほど重要な道だったはずだ。いったいここは何のための道だったのか。おじさんに問うてみた。
「キドウが通っちょったんよ」。
キドウとは軌道で、つまり線路のこと。高知の各地にあった森林鉄道のひとつがここを通っていたのだ。
「急にトロッコが下ってくるから危なかった」。
廃止時期がいつ頃かは不明だが、口ぶりからするとおじさんが子供の頃にはまだ走っていたらしい。
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好奇心を揺さぶられる話である。
馬路村の森林鉄道は現存する遺構が多くて有名だが、ここもそうだったのか。
ここを鉄道が通っていたのかな、などと想像しながら進む。
道ばたに遺構が残っていないか探しちゃったりして。
伊尾木ダムに到達。湖底まで見透かすダム湖に見惚れていると、、、。
ん、なんだあれ、、、。
んこ、んこ、んこれは!まぎれもない森林鉄道の鉄橋やないか。
おじさんの話を聞いて意識してなければ素通りしてたかも。
森林鉄道の軌道がどこまで通っていたのか?稼働年間は?個別名称はあったのか?
いずれ図書館に出向き、詳しく調べてみたい。
全国森林鉄道 未知なる“森”の軌道をもとめて /JTBパブリッシング/西裕之
駒瀬越え峠までのちょうど中間、27kmのこの地点で時間は14時。
この後、風呂入って呑みに行くことを考慮し、ここで引き返すことに。
現行の橋の隣に旧吊り橋の支柱だろうか、残っていた。
高知では割とよく目にするこの光景。
なぜ気に留めたのかというと、、、。
橋名のプレートがそばの木の根に埋め込まれていたのだ。
黒瀬橋というらしい。
橋が新しく架け代わる際、思い入れの強い住民が残そうとしたのだろう。
こういうエピソード、人間臭くてグッとくる。
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入河内の集落をこまどり温泉方面へ分岐し、標高が少し上り集落を遠望する。
こうした山里の風景は何度見ても美しいと思う。
都会の生かされている感と違い、俺は生きるぞというモリッとした感じがある。
ひと山をトンネルでパススルー。
手塚治虫が描く狂人の目のようなトンネルである。
右の温泉マークは「この先こまどり温泉」の意なのだが、見方によっては「トンネル内、蒸気発生注意」とも取れ、吉村昭の「高熱隧道」を想起する。
黒部ダム建設工事の悲劇を伝えるノンフィクション「高熱隧道」もむちゃくちゃ面白かったな。
こまどり温泉は「集落の住民専用ですよね」とエクスキューズを入れたくなるほど凄まじい立地にある。
一般客は険しい道をまあまあな距離運転してこねばならず、よく経営が成り立つものだと思う。
目的の駒瀬越え峠には到達できなかったが、刺激の多い知らん道だった。
これだから知らん道通いはやめられない。
リベンジはいずれ。