汚れ ON 汚れ
予報どおり雨。
ザックにカバーを付け、ポンチョをかぶり、靴に水が入るを防ぐためコンビニの袋を足に巻いた。
昨日は風呂に入っていず下着もそのまま。
すでに充分に汚いから気にすることもないのだが、それでも雨の中の出発は忌々しい。
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中日
この先の赤岡の街で「中日」なるご当地グルメを食おうと思う。
中華めんを和風出汁で食わすから中国と日本で「中日」。うまく言ったのかそうでもないのか、その脱力のネーミングには惹かれる。
ボクはイシイくんを誘ってとさを商店に入った。
店内は食堂というよりスーパーみたいで、野菜や食料品が並ぶ奥に飲食スペースがあった。
あっさりうどん出汁に中華めんはまったく違和感がない。うまい。
逆に鶏ガラしょうゆスープ、ナルト、チャーシューにうどん入れるのもありじゃないかと思えてくる。
ウォーキングインザリズム
高知黒潮ホテルのY字路を右に折れる。
ここは日帰り入浴ができるので、昨日みたいに風呂に入れなかったときのためにチェックしていた。
時間の制約などないのだからザバっと入ったらいいのだが、実はそれが意外に難しい。
長時間歩くのに大切なのはリズムである。歩き始めたらまずその日のリズムをつかまえる。
音楽に似て、リズムがグルーヴになると気分はトランシーになる。
そこへうまい具合に脳内麻薬でもトロッと滲み出せば、歩みはさらに昇り調子になる。
そのグルーヴを中断するのに抵抗があるのだ。
なによりも今日は高知市街に入る。久しぶりの都会で早く俗にまみれたい。
松本大師堂
28番大日寺で夕立にあった。
本堂の軒先で雨宿りしてやり過ごす。
田んぼのあぜ道のような遍路道を抜け、「松本大師堂」という遍路小屋で休む。
近所のおじさんが大師堂の前で般若心経を読んでいた。
この「松本大師堂」を管理人さんだった。
ここでもややこしいプロ遍路の話を聞いた。ここは野宿禁止なのだが、野宿させろとゴリ押しするプロ遍路と怒鳴り合いになったそうだ。
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高知へ
29番国分寺へ。
「国分寺」は4県に1つずつあってここは高知の国分寺。イシイくんと出会ったのは徳島の国分寺である。
時間は15時半。
打ち止めたらJRに乗って高知市街へ入るつもりだ。乗った駅から再開するからズルじゃあない。
問題はどこで打ち止めにするか。
29番国分寺で打ち止めるなら、最寄りの土佐長岡駅までは3km近く打ち戻ることになり、再開時にはその3kmが無駄歩きになる。
次の30番善楽寺まで行けば土佐一宮駅まで1.5km。駅が遍路道上にあるから打ち戻りも不要で、再開時は駅がそのままスタート地点になる。
30番善楽寺まで7km。納経所が閉まる17時まであと1時間半。間に合うかどうかは微妙なところ。
休憩もそこそこにイシイくんと出発した。
焦り
あぜ道が迷路のように分岐しスムーズに進めない。
殻が1cmあるかないかの小さなカタツムリがたくさんいる。踏まぬよう歩くのでこれまたペースが上がらない。
無慈悲にも遍路道は上り坂になる。
遍路小屋で休憩する。1時間近くも早歩きしているから2人とも息があがっている。
納経〆切まであと30分。
坂を上り詰めた逢坂峠から、道は下りに転じた。
前を歩くイシイくんのペースが上がった。
ボクも追いつこうとするがどんどん距離をあけられる。
イシイくんが合図するようにボクのほうを見たかと思うとスッと脇道へ入った。
そこを曲がれということだろう。脇道は住宅地まで下っていた。
最後の最後でついてない。住宅地は迷いやすいのだ。
イシイくんが人に道を尋ねている、と思ったらいきなり走り出した。
バタつく両手
納経〆切まであと10分。マジかよと思ったがボクも走った。
ザックが左右に振られて体幹がブレる。間に合わなければここまでの早歩きが無駄にまる。1歩ごとに足に激痛が走った。
遍路道が車道の向こうへ続いている。渡らねばならないが信号がない。
ひっきりなしに往来するクルマのスキを縫ってイシイくんが飛び出した。
ボクもこれに続く。背中でザックが暴れる。
アゴが上がり、体幹を保つために両手をバタバタとして杖を振り回して無様に走った。
カーブを抜けてようやく境内が見えた。
手をバタバタさせながら直進すると「そっちじゃないよー」と声がかかった。ボクが向いていたのは隣の土佐神社だった。
28番善楽寺に到着したのは17時をまわっていた。
イシイくんのスパートがなければ間に合ってなかっただろう。
納経所の人が飴をお接待してくれた。
裸足になってキリンメッツを一気飲みした。しばらく動けそうにない。
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穢れ ON 穢れ
朱印は先にもらっていたので、ひとしきり休んでからもぞもぞと納経を済ませた。
土佐一宮駅からJRに乗る。2両編成の車内は思ったより混んでた。
大きなザックを背負った遍路2人を迷惑がるように乗客が避ける。
窓際に追い詰められた女子高生が手で鼻と口を覆っていた。そう、ボクたちはベラボーに臭かった。
高知駅までの2駅、ボクはじっと屈辱に耐えた。
一泊2700円の高知ビジネスホテル別館に投宿した。
風呂トイレは共同である。
イシイくんはどうしてもバスタブでザックを浸け洗いしたいと言って、ユニットバスのあるビジネルホテルへ行った。
2日ぶりの風呂と洗濯で穢れを落としたボクらは夜の街へ繰り出した。
高知の繁華街、帯屋町あたりをそぞろ歩く。
夏色のワンピース
宿の受付で教えてもらったオススメの居酒屋がちょうど目に入ったのでそこへ入った。
キンキンの生ビールは臓腑に染みた。
アテはもちろんカツオのタタキだ。
若い男女のグループが呑んでいた。
男たちは一張羅のTシャツを着込み、女たちは夏色のワンピースだった。
そのような光景と無縁の2週間を過ごしてきたボクは、出所した服役囚の気分だった。
オーバーアクションで歓談する彼女らのワンピースが翻るたびに、酔いもまわってとろんとした目でそれを追い、聞こえるはずのない衣擦れを聞いた。
居直れば目の前のイシイくんが、四万十のりのおにぎりを頬張りながらとろんとした目で夏色のワンピースを追っていた。