音楽レビューに書き手の主観やエゴは必要?不要?

リツイートで流れてきたこの2つの意見。

音楽レビューがどういった視点で書かれてるかについてなのだが。

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皆さんはどちらに共感するだろう。

客観と主観。

情報と感度。

理系頭と文系頭。

の対立といったところか。

お2人のフォロワー数にかなり差があるので比較は難しいが、リツイートやいいねが多いのは圧倒的に前者。

前者のツイート文を読む限り、音楽知識を広げるのにレビュワーの主観は不要だと言ってる。

「その作品が現代にとってなんなのか」、「歴史の中でどんな風に存在しているのか」、のほうに関心があると。

ちなみにボクは後者のタイプである。

もちろんボクもそれがどのような系譜にある作品かってことには興味はあるよ。

にしたって、書き手の主観やエゴを欠いたレビューって味気なくない?

ウィキペディアじゃないんだから。

音楽に限らず芸術作品って視点は無限大だから、自分が持ってない視点を知るってことのほうに関心があるな。

それによって思わぬチャンネルを開設したりして、それまで何も感じなかった音楽にチューンインできるわけだし。

だからこそボクはレビュワーの主観で書かれた良し悪しや好き嫌いが知りたいし、そういった視点を多く持つほど作品への理解は深まると思ってる。

前者が言うのは、情緒よりもマジョリティかつ確定した情報ということなのだろう。

もしも、自分の価値観とマジョリティの意見に食い違いのないようにするという目的から、前者に共感する人が多いのだとしたら、いけすかない話である。

マジョリティの意見だって個人の主観やエゴの集積なのだから。

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