ボクは過去、20代後半と30代後半にそれぞれ人生をこじらせている。
こじらせて生活をブチ壊しはしたが、同時にそれは人生の転機にもなっていて、我がごとながら不思議だなあと思う。
27歳といえば生後1万日を迎える年齢。
当時タワーレコード心斎橋店3Fのノイズ/アバンギャルドコーナーに籍をおいてたボクは、今となっては詳しく覚えてないけど、漠然となにか突破したいようなワケのわからぬ衝動にかられたのである。
で、どうしたかと言えば仕事を辞めて、ツテで湘南の海の家のリゾートバイトに行ったのである。
早い話ボクはアホだったし、海の家の親方は893だった。
初対面でいきなりボクのロン毛が汚らしいと、ドスの効かない標準語で怒鳴られた。
チェッ大阪帰ろと思ったけど、ただでさえアホなことしてるのに、これでいじけて帰ったんじゃあ救われない。
ボクはその日のうちに丸刈りにした。
893は少しだけ褒めてくれた。
海の家バイトを終え、東北を18切符でひとり旅してから、マウンテンバイク(以下MTB)で東京から大阪まで帰った。
この経験から、異常なほどMTBにハマる。
少しずつチャリ仲間も増え、泊りがけで四国や九州、岐阜や長野にロングツーリングに出かけたりと、チャリ遊びはボクのアイデンティティになった。
父方の郷里が愛媛県にある。
祖父母はかなり高齢になってからポツポツとクルマで四国八十八箇所を巡っていたようだ。
祖父が物故したとき祖母は「もう遍路はやめじゃ」と言った。
高校生だったボクに「あんたもいつか遍路行きや」とも。
38歳のボクは契約社員として大阪のコールセンターに勤めていた。
拘束時間は長いが、稼ぎは悪くなかった。
喰いたい時に喰え、呑みたい時に呑め、好きなだけ洋服やレコードが買え、趣味に費やす時間が持て、それらをすべからく清算できた。
脱線しなければ10年後もこの生活を維持できるだろう。
そう思うと得体の知れぬ不安に襲われ、見えない銃を撃ちまくりたくなった。
ここからエスケープしたい、でもどこへ?
そんなとき、しおりのようにハラリと落ちたが祖母の言葉だった。
「あんたも遍路行きや」。
真夏に40日ほどかけて歩いて四国を一周した。
ロン毛では暑苦しいから丸刈りにして臨んだ。
遍路で経験した野宿から今度はキャンプに沼ハマりする。
キャンプで頻繁に訪れるようになった高知にもハマり、移住までしてしまったのだからまさにターニングポイントだったと言えるだろう。
年は寄り、2020年現在47歳。
40代後半に差しかかった。
ここへきて突如、チャリ遊びのリバイバルである。
9年ほどお蔵入りしてたMTBを引っぱり出してきた。
思ってたよりも体力の衰えもゆるやかで意外に乗れてる。
ってことは当然楽しくって仕方ないわな。
反面、これは何かの兆候ではと懸念もある。
40代後半、魔の10年周期である。
ある日突然また奇声を発してどこかへ飛び出していくのかも知れない。
太陽の黒点が地球の側を向いたとき、地上で異変があると聞く。
あの西成暴動の際がそうだったとか。
今向いてないよね?