台風一過
古新聞のおかげで濡れ靴はすっかり乾いていた。
26番金剛頂寺まではかるい上りを含めて4kmほど。
納経開始の7時に着きたいので6時ごろ出発。
台風の残り香のような風が吹いて、道も乾きつつあった。
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山道の遍路道に入る。
台風で土砂崩れをしていないか不安である。車道もあるが遠回りだ。
おばさんがいたので遍路道は大丈夫だろうかと聞くと、たぶん大丈夫だろうと頼りない返答。
行ってみれば何ということもなく26番金剛頂寺に着いた。
散髪の跡
散髪したあとみたいに、境内は強風で折れた小枝が散乱していた。
納経所のおばさんが下りは車道を行くよう勧める。山道は滑るらしい。
丁寧に車道へでる地図を書いてくれた。
山から滲み出した水がアスファルトの上を川になって流れていた。
アホのように泣く
風はおさまり、西の空には青空がのぞいていた。
国道55号から旧道に入り、吉良川町の古い街並みを抜ける。
高知に入ってからは基本的に国道55号がそのまま遍路道なのでただ歩くのみである。
使っていない頭は物思いに没頭することができた。
88番大窪寺までたどり着いた情景をたびたび想像した。
それは決まって精神がもたないほどの法悦に歓喜する自分だった。
いずれ訪れるであろうその時を想像するとアホみたいな話だが泣けた。
クルマしか通らない国道55号では人目を気にする必要もない。
思えばこれは消費や享楽から離れた遍路のストレス発散法だったのだろう。
炎天下で思いっきり泣くとスカッとした。
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文明の安心
羽根岬の山道に入る頃には快晴となった。
やたらと蛇の多い遍路道を抜けてまた国道55号に合流する。
沿道がにぎやかになってきた。奈半利の街である。
ここからは「土佐くろしお鉄道」が高知市方面へ通じている。
この3日間、鉄道のない区間を歩いていたからだろう、乗るわけでもないのにどこかでホッと安心している。
急がば回れ
「ドライブイン27」が見えてきた。今日の宿である。27番神峯寺はこの裏山。
現在時間は16時。もしかしたらギリギリ17時に間に合うかも知れない。
宿のばあさんに聞くと無理ではないがキワどいという。
なにぶん27番神峯寺は「へんろころがし」だ。
標高430mを一気に上る激坂「真っ縦」である。
もし間に合わなかったときは自分を呪うことになる。
急ぐ必要もない。
間もなくイシイくんも着くだろう。酒盛りしてとっとと寝よう。
ところで「ドライブイン27」はメシを食ったりするあのドライブインである
ボクはどこで寝るんだろうと思っていたら、ばあさんが外へ出るよう促した。
軽トラで1、2分ほどのところにある一軒家が宿だった。
明朝、27番神峯寺へ上るときは荷物はここに置いて行ったらいいという。
風呂を出て扇風機に当たっていると、イシイくんが軽トラで運ばれてきた。
「冷蔵庫にビールがあるから呑むならお代はカゴに入れておいてね」とのこと。
イシイくんは何を気にいったのか「いい宿ですね。こういうところ好きです」と言っていた。
冷蔵庫からビールをもらい近くの唐浜へ出た。
角がとれて塩梅のいい石に腰をおろした。
歩き疲れては
太平洋と夕陽とビール、クッソいい時間。
ビールを半分ほど呑んだところで音楽が聴きたくなった。イヤホンをはめる。
高田渡の「生活の柄」。
歩きながらよく歌っていた。杖を突くテンポと合う。
ボクは音痴でカラオケはやらない。
遠くに犬を散歩させる人がいたが、波の音で聞こえないだろうと海に向かって大声で歌った。
歩き疲れては
夜空と陸との
隙間にもぐり込んで
草に埋もれては寝たのです
所かまわず寝たのです
〜高田渡「生活の柄」より〜