トゥーヤングトゥーダイ、瀧という名前の猫

できるだけドライに書く。

今度引っ越すマンションはペット可物件である。

ペットショップを冷やかしてみていい出会いがあるといいなと思っていた矢先に彼は突然現れた。

高知市の繁華街、雑居ビルと空き家に挟まれたすき間にアロエが自生しており、その葉の中で仔猫がひっくり返っていたのである。

仔猫特有の「ミーミー」という鳴き声が聞こえてチャリを止めたのだが、道行く人はボク以外誰もその声に気づいている様子はなかった。

仔猫の姿を見てボクは「アッ」となった。

まだヘソの尾が繋がっていて、その先の胎盤もそのままだったのだ。

体に付着した血こそ乾いていたが、産まれてまだ1〜2時間ほどだろう。

ヘソの尾がアロエにからんで身動きが取れず、仰向けにひっくり返って手足をバタつかせている。

「ミーミー」と存在をアピールするように鳴く体にはもう蟻がたかっていた。

ボクひとりではどうしようもない。

幸いカミさんとの待ち合わせに向かう途中だったので、電話で事情を伝え来てもらった。

こういう時男は無力だ。

近くのホテルでハサミを借りてきて、カミさんがヘソの尾を切った。

ポツポツ降っていた雨は本降りになろうとしている。

選択肢はない、とりあえず保護することにした。

ペットショップで仔猫用の粉ミルクと哺乳瓶を買った。

人間の赤ちゃんと同じで数時間おきにミルクを与えねばならず、その日からカミさんは仔猫のそばで寝起きするようになった。

名前はすぐに決まった。

「来い来い」とやるとまだ目は開いてないのに這って向かってきて「来た来た」となる。

「きたきた」が「たきたき」に聞こえるので「タキ」とカミさんが命名した。

そして「滝」は縁起もの、「龍」も縁起ものということで、ボクが「瀧」という漢字をあてた。

瀧は積極的にミルクを飲まずなかなか体重は増えなかったが、それでも徐々に四肢の筋力がつき自分で座布団の上に乗ったりするようになってきた。

丸い尻尾と頭の一部だけ黒であとは白というパンダのようなカラーリングがトレードマークである。

しかし1週間を過ぎ、目が少し開き始めたたあたりからほとんどミルクを飲まなくなった。

当然体重は減り始める。

病院へ連れて行くと、誤嚥したミルクが気管に入って苦しいのかも知れないと言われた。

長細い管を使って無理やり胃にミルクを流しこむ方法を提案してくれたが、素人では逆に食道を傷つけることになるやも知れずリスクが高かった。

そこでボクらがとったのは、欲しがっていなくても短いインターバルで少しずつミルクを与えるという方法。

嫌がって吐き出してしまうけど、10滴のうち1滴でも何かの拍子で飲み下してくれれば、その回数を増やせれば回復に向かうだろうという考えである。

この方法は功を奏し体重が増え始めた。

シリンジ(注射器状のミルクやり器)で口先に1滴つけてやる、ピチャピチャとやりだしたら今度はシリンジを口に含ませて多めに注入する。

仰向けにさせて手のひらで全身マッサージしてやると瀧は気持ち良さそうで、ボクの手を押す前足も力強かった。

ボクとカミさん両方が仕事の日は最大で6時間ちょっと、瀧は留守番を強いられる。

もしかすると寂しすぎて食欲が湧かないのかも知れないと、その日はカミさんが職場まで連れて行った。

朝から霧のたちこめる曇り空で、幸い気温が低かったのでクルマに待機させ、カミさんが仕事の合間をみてミルクをやってりしていた。

しゃっくりをしているような状態がずっと続いていた。

夕方に病院へ連れていく、肺炎をおこしているという。

点滴液を注射してもらい帰宅するとしゃっくりはおさまった。

とりあえず2時間ほどあけてからミルクをやろうということになった。

いつものように仰向けにさせて手のひらでマッサージをしてやる。

眠ったり起きたりを繰り返すなか、時おり前足をぴんと伸ばして大声で鳴いたりする。

いつもよりも大きな声なので、嫌がってるのかなとも思ったが、声が大きいのは元気な証拠だと安堵もあった。

マッサージばかりでも疲れるだろうと、座布団に上でフリースにくるんで少し休ませることにした。

目を閉じて前足でフリースをモムモムやってる写真をカミさんが撮っていたのが19時ちょうどくらい。

19:15くらいに様子を見ようとフリースを広げたら瀧は死んでいた。

冗談かとも思ったが、さっきまでモムモムやってた足がピンク色をしていなかった。

体勢は寝ているときのそれと変わらない。

体も暖かい。

さっきみたいにマッサージすれば「ミー」と鳴いて起きあがってきそうだった。

猫は死期を悟ると姿を消し、独りで死ぬと聞いたことがある。

さっきのいつもと違う大きな鳴き声、あれは「俺もう死ぬから離してくれ」だったのかなと今になって思う。

朝から立ちこめていた霧が雨になって2時間ほど降った。

雨とともに現れ、雨とともに去っていったなかなかに詩的な猫であった。

なえだ瀧。享年0歳12日。

太平洋を望む種崎公園に永眠。

彼の短すぎる生涯はここに記録しておく。

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R.I.P 瀧