最高の朝メシ
善根宿うたんぐらの朝メシ。
一泊1000円とは思えない品数だ。
近所の農家さんが米や野菜をお接待で持ち寄ってくれるからこそ可能なのだろう。
奥さんの料理もとても美味しく、いいもので腹を満たした満足感に浸る。
朝早く発つ遍路のために早朝からこれだけの食事を揃えてくれ、昼メシのおぎにりまで持たせてくれる奥さんに頭が下がる。
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今日はどこまで?
7時前に出発すると、目の前の公園でカワムラさんがいた。
この辺りで野宿していたらしい。
今夜の寝床候補を3つ教えてもらう。
ひとつは標高280mにある81番白峯寺の近くに「白峯パークセンター」で、屋上でテントを張れて瀬戸大橋の夜景がきれいに見えるらしい。
もうひとつは82番根香寺から下山したところにある野宿のできる遍路小屋。
3つめはスーパー銭湯の「天然温泉きらら」の休憩所で夜明かしするパターン。
カワムラさんはどうするのか聞くとそのときの状況次第ということだ。
まだ出発する様子のないカワムラさんと別れて歩き出す。またどこかで追いつかれるだろう。
気が見える人
旧街道を進み、小さな坂出の街をアッという間に抜けてJR沿いを歩く。
79番高照院(天皇寺)の納経所のおばさんが変わった人だった。ボクの顔を見て「疲れてる様子がない」というのだ。
「メチャメチャ疲れてますよ、ガタガタですよ」と返すと、歩き遍路では体も心も酷使するからバランスを崩しやすい。79番あたりまでくればそうなるのが普通なのだと。おばさんは何千人もの遍路を見てきてバランスを崩した人は見ればわかるらしい。
ボクはバランスが取れていて自己管理ができている状態だという。
それは羽根がはえたようなものだと、両手を羽ばたかせるジェスチャーをした。
「あなたは実社会に戻っても何でもできるよ」とまで言われると悪い気はしない。
バランスというのは「気」のようなものだろうか。
無視と合掌
路上の自販機で休憩。ベンチなどはなく適当に座る。
チャリのじいさんが通ったので「おはようございます」と挨拶するが無視される。怒気を込めて「おはようございます」ともう一度言うと、じいさんはちょっと振り返って走り去った。
県道33号に合流して川沿いの道を歩く。路傍の民家から「あ、お遍路さんちょっと待って」とおじさんに呼び止められる。
お接待の缶コーヒーと栄養ドリンクをボクに手渡すと、おじさんはボクに向かって手をあわせるのだった。
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五色台
80国分寺で納経を済ませると地図を確認する。これから山に入るのだ。
紅ノ峰・黄ノ峰・青峰・黒峰・白峰の5つの山を総称する五色台の山中に81番白峯寺と82番根香寺がある。カワムラさんもムラオカくんもまだ追いついてこない。
一口いくらの聖域
上り坂はやがて山道となり一気に標高を上げる。尾根筋に出ると車道に合流した。
81番白峯寺、山門手前に「下乗石」というのがある。この先は聖域だからどのような高貴な人であれ馬を下りられよという意味だ。
境内に入ると寄付を募る看板がやたらと目に付く。
本堂の建て替えで瓦に名前を入れていくらだの、張り板に名前を入れていくらだの。聖域と言われたところで鼻白むばかりである。
陰気遍路
休んでいると遍路が1人、山門を入ってきた。
若い男なのでムラオカくんかと思ったら違った。しかし見覚えがある。足摺岬を打ち戻るときにすれ違った陰気な男だ。挨拶をしたがほとんど目を合わせなかった。
82番根香寺までは元来た道を打ち戻る格好となる。さすがにここでカワムラさん、ムラオカくんとすれ違うだろうと思っていた。
が、歩けども出会わないまま82番根香寺への分岐に出た。もしかして今日はもう出会わないんじゃないか。
足尾大明神という社のベンチで休んでいると先ほどの陰気遍路が追い抜いていった。
出発すると陰気遍路が商店でパンを買って食っていた。軒先のネコと戯れあっている。「お先」と声をかけるが反応は鈍い。
そしてまたすぐに追いつかれる。
陰気遍路は杖を2本持っていてペースはかなり早い。少しだけ言葉を交わす。ボクが背負っていたKAVUのチルバハットを見て「その菅笠、面白いですね」と言ったのが唯一心の動きを感じる言葉だった。
KAVU カブー Chillba チルバ フリー パイライト 11863018003000
82番根香寺は山門をくぐると一旦階段で下ってまた上るという変わった造りをしていた。
陰気遍路が休んでいた。今日はどこまで行くのか尋ねると「83番一宮寺手前までは行きたい」と言った。
ボクはカワムラさんから聞いた82番根香寺を下ったところにある遍路小屋に行くつもりだった。1人がイヤで陰気遍路にも勧めてみたが、先へ進みたいらしく行ってしまった。
遍路小屋と言っても場所を特定できているわけではない。
時間的に今日は82番根香寺で打ち止めだろう。久しぶりの1人野宿に不安が増幅する。精神的に余裕はなかったが山門を出たところにある牛鬼像を見物した。
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高松
五色台の終わりが近づいてきて高松の街を見下ろす。瀬戸内海に男木島、女木島が見えた。
陰気遍路もボクも写真を撮りながらなので着いたり離れたりしながら歩く。
先を行く陰気遍路が立ち止まり、車道をそれて山道に入って行った。ショートカットだろうか。ボクもあとにならう。
ショートカットは荒れて草ぼうぼうだった。背丈ほどもある草に道が完全に覆われている箇所も幾つかあり、虫の気配に怯えつつ決死の覚悟で突っ切る。ようやく車道に合流したころにはもう陰気遍路の姿はなく、その後追いつくこともなかった。
弱気の虫
時間は18時前。
野宿できる遍路小屋というのは本当にこの遍路道沿いにあるのか。仮に夕暮れまで歩いて見つからなければそれから宿を探すのか。そう思うと急に疲れと不安がずっしりとのしかかる。今すぐ風呂に入りたい、メシを食いたい、ビール呑みたい、安心して眠りたいと駄々をこねていたら誰かが助けてくれないだろうか。
弱気の虫が騒ぎ、ムラオカくんに電話してみる。
今朝、善根宿うたんぐらを出てからカワムラさんと歩いていたが途中ではぐれたあと、昨日金毘羅山に行くと言って別れたナカガワくんと出会い、白峯パークセンターの屋上で野宿しているという。
民家の前で作業中の中年男性がいた。何か現状を打破する情報が得られまいかと「こんばんは」と挨拶をする。男性はチラッとこちらを見たが完全に無視をした。
気が落ちていくのがわかる。さてどうする。このままのんべんだらりと歩き続けたとて消耗するだけ、どこかで決断をしなければならない。
家族を迎えにきた男性
JR鬼無駅近くの踏切を渡る。道標が指し示す細いあぜ道を向かいから男性が歩いてくる。男性がボクの後ろにいる誰かに手を振っている。鬼無駅で下りた家族を迎えにきたのだろう。その家族もまたボクの後ろで男性に手を振り返しているのだろう。
男性とその家族に挟まれたボクは、邪魔をしてはいけないと男性をよけようとした。
が、男性はグングンボクのほうへ向かってくる。なんとカワムラさんだった。
トリッキーな男
80番国分寺あたりでムラオカくんと別れた後、クルマ遍路の夫婦に道を聞かれてクルマに乗り込み、この辺りで下ろしてもらったという。
なんかウソくさいな。かといってそんなウソをつく理由も見当たらない。いずれにせよ妙にトリッキーな動きをする男である。
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ガチなお堂に泊まろう
野宿できる遍路小屋はすぐそこだった。
が、それは遍路小屋ではなく普通のお堂だった。カワムラさんは戸を開けて暑気を抜いてくれていた。
4畳半ほどの広さにムシロが敷いてあって、奥の壁には弘法大師像なんかが祀ってある。
マジか、1人だったら完全にスルーしていた。なにしろ勝手に戸を開けることすら憚られるようなガチのお堂なのだ。
カワムラさんと出会っていなければボクはどうなっていただろう。
検索したら「天然温泉きらら」は今日は閉館日だった。JR鬼無駅近くに1軒宿があるのでそこに投宿したろうか、値段を聞いて高ければ電車で高松市街まで出ただろうか、それともヤケクソになってデタラメに野宿していただろうか、いずれにせよ途方に暮れていたはずだ。
陰気遍路もここを通ったらしい。
この先は市街地に入って暗くなると迷いやすいから一緒に野宿しようとカワムラさんが誘ったが先へ行ってしまったのだとか。
風呂とメシと充電
お堂には水道とホースがあった。
ボクは海パン一丁になって石鹸を使って水浴びをした。洗濯は無理なので明日またどこかでせねばなるまい。
お堂の前の民家で洗濯物をしている人がいたので、今晩ここにお世話になる旨を伝え挨拶をした。コンビニを尋ねるとJR鬼無駅の近くにファミマがあるという。
カワムラさんとファミマへ行き、弁当を買って駐車場で食べた。ビールを呑みながらカワムラさんととりとめのない話をする。
お堂には電灯もあった。遍路が一夜を明かせるようにしてあるらしかった。
コンセントを借りてケータイを充電させてもらう。
一旦眠りにつくが暑さで目が覚める。
蚊に刺された箇所を掻きながら、隣で熟睡しているカワムラさんを見る。得体の知れないこの人を信用していいのだろうかと思う。
ベースボールキャップはかぶったまま上半身裸でパカーと口を開けてビシーと気を付けの格好で熟睡していた。
そういえば祖父の寝相もそんなだったな。